http://news.goo.ne.jp/article/galac/entertainment/galac-20140107-04.html?pageIndex=1
マンガとツイートで作業員が
「原発の現実」を訴える
あるひとつのニュースによって、テレビニュースの重要な課題を考えさせられることがある。2013年11月8日に放送されたNHK「ニュースウオッチ9」(以下「NW9」)の「作業員たちが伝える福島第一原発」もそうだった。このニュースでは、廃炉作業の現場で働いていた男性が描いたマンガと、やはり現場の作業員のツイートを紹介していた。それらが、作業員たちが自ら発信する「東京電力福島第一原発の現実」として反響を呼んでいるというのだ。
取り上げられたマンガは、週刊漫画雑誌『モーニング』で連載されている「いちえふ」である。仮名でしか名乗れない、主人公にして作者の「竜田一人」が、マンガの誌面とインタビューによって福島第一原発の現実を描き、語っていく。
テレビ映像となった誌面には、厳重な身支度、全面マスクの装着の仕方、困難な作業、たった1時間で予定量を被曝してその日の作業が終わってしまう日常が描かれている。顔にモザイクをかけ、声も変えた「竜田」へのインタビューでは、被曝線量が年間の上限近くに達するまでの半年間、作業に従事していたことが語られる。彼は、黙々と仕事に取り組む作業員の姿をありのままに伝えたいと考え、作業員の実感や普通の感情を福島の現実として訴えることにしたという。
もう一人の作業員のツイートには、約8万人の読者がいる。そこでは、「福島原発事故を風化させないためにも、二度と過ちを繰り返さないためにも、あらゆる真実の言葉が世に出ますように」という願いが語られている。ニュースは、このツイートが20年以上原発で働いてきた経験に裏打ちされ、公表されない原発での出来事を伝えていることが注目されたと説明する。
テレビは原発作業員の現実を
伝えてこなかったのか
原発作業員の生の声が、テレビとは異なるメディアで発信されていることを伝えようとしたのが、このニュースの趣旨なのかもしれない。しかし、マンガとツイッターを引用して伝えられる福島第一原発の現実には、メディアが二重に介在していることを忘れてはならない。マンガの中で「竜田」は、「この世の地獄みたいにいわれるこの1F(いちえふ)で、毎日こうしてのんびりメシ食って昼寝なんかしている。これもまた、メディアではあまり報じられない『福島の現実』だ」という。台風が福島第一原発に接近したときのツイートは、「レポーターを入れて現場状況を全国生中継してくれればいい」、そうすれば「作業員を増やせというはずなんだけれど」と語っている。テレビニュースが引用したマンガとツイートには、原発危機のテレビ報道に対する批判が込められているのだ。
大越健介キャスターは、このニュースを次のように結んでいる。「福島第一原発の状況が厳しいということだけを、私たちは得てしてステレオタイプに繰り返してしまいがちなのですが、日々そこで働く現場の作業員が切り取って見せる現実は、さすがに特別な説得力があります」。たしかに、そのとおりだ。
しかし、放射線を浴びて果てしない廃炉作業に従事する原発作業員の現実を、テレビは伝えてこなかったのだろうか。ステレオタイプを繰り返しがちな「私たち」とは、テレビのすべてではなく、「NW9」というニュース番組だけではないのだろうか。マンガやツイッターといった他のメディアを拠りどころにした反省の弁には、そうした危うさがある。
ドキュメンタリーは作業員に
取材して現実を描く
実は、「NW9」がこれを伝えた前日の7日午前2時20分から、フジテレビが、第22回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品の「1F(イチエフ)作業員?福島第一原発を追った900日?」を放送していた。番組には、福島で被災し、「1F」の危機以来、家族とも離ればなれになりながら過酷な現場作業に従事する地元出身の2人の作業員が、実名、顔出しで登場する。この2人が取材に応じたのも、「竜田」と同様に、「世間に知られていない現場の真実をありのままに伝えたい」からだったという。
テレビドキュメンタリーの流れをさかのぼっていくと、12年8月19日放送のNHK「ルポ 原発作業員?福島原発事故・2年目の夏?」(ETV特集)に突き当たる。このドキュメンタリー番組でも、地元福島出身の「1F」の作業員が実名、顔出しで登場する。その姿によって、原発震災で仕事を失った地元業者と被災者が、孫請けで過酷な現場作業に従事している現実が描き出されていく。
原発事故発生から間もない11年8月12日には、やはりNHKが「追跡!AtoZ 福島第一原発作業員に何が」を放送している。この番組は、暴力団関係の手配師が、さまざまな困難を背負った人々を高線量の現場での使い捨ての作業員として調達する実態を伝えた。作業員たちは「モザイクをかけても本人は特定できる」といわれていて、なかなか取材に応じてくれない。ようやく取材に応じた作業員の一人が持参の全面マスクを記者に装着させて、その苦しさを経験させるシーンもある。
「福島第一原発の状況が厳しいということだけを」「ステレオタイプに繰り返して」きた「私たち」とは、けっしてテレビのすべてではない。ドキュメンタリー番組では、福島第一原発の現場作業員への直接取材によって、さまざまな問題がたびたび描き出されてきた。
ところが大越は、こうしたテレビドキュメンタリーの世界には言及せずに、「日々そこで働く現場の作業員が切り取って見せる現実」を他のメディアから引用して、それに「特別の説得力」があるといっている。これでは、現場の作業員が自ら発信しているメディアと比べた説得力だけではなく、ドキュメンタリー番組と比べた現場取材も不十分なことを露呈する、語るに落ちた反省の弁といわれても仕方がない。そこからは、ドキュメンタリー番組の制作者に対するリスペクトの足りなさ、福島第一原発の現場作業員の現実をテレビで見た視聴者の記憶に対する見くびりのようなものが透けて見えてくる。
■ライター紹介
こばやし・なおき 法政大学社会学部教授。著書に『「水俣」の言説と表象』(編著、藤原書店)、『放送番組で読み解く社会的記憶』(共著、日外アソシエーツ)など。
マンガとツイートで作業員が
「原発の現実」を訴える
あるひとつのニュースによって、テレビニュースの重要な課題を考えさせられることがある。2013年11月8日に放送されたNHK「ニュースウオッチ9」(以下「NW9」)の「作業員たちが伝える福島第一原発」もそうだった。このニュースでは、廃炉作業の現場で働いていた男性が描いたマンガと、やはり現場の作業員のツイートを紹介していた。それらが、作業員たちが自ら発信する「東京電力福島第一原発の現実」として反響を呼んでいるというのだ。
取り上げられたマンガは、週刊漫画雑誌『モーニング』で連載されている「いちえふ」である。仮名でしか名乗れない、主人公にして作者の「竜田一人」が、マンガの誌面とインタビューによって福島第一原発の現実を描き、語っていく。
テレビ映像となった誌面には、厳重な身支度、全面マスクの装着の仕方、困難な作業、たった1時間で予定量を被曝してその日の作業が終わってしまう日常が描かれている。顔にモザイクをかけ、声も変えた「竜田」へのインタビューでは、被曝線量が年間の上限近くに達するまでの半年間、作業に従事していたことが語られる。彼は、黙々と仕事に取り組む作業員の姿をありのままに伝えたいと考え、作業員の実感や普通の感情を福島の現実として訴えることにしたという。
もう一人の作業員のツイートには、約8万人の読者がいる。そこでは、「福島原発事故を風化させないためにも、二度と過ちを繰り返さないためにも、あらゆる真実の言葉が世に出ますように」という願いが語られている。ニュースは、このツイートが20年以上原発で働いてきた経験に裏打ちされ、公表されない原発での出来事を伝えていることが注目されたと説明する。
テレビは原発作業員の現実を
伝えてこなかったのか
原発作業員の生の声が、テレビとは異なるメディアで発信されていることを伝えようとしたのが、このニュースの趣旨なのかもしれない。しかし、マンガとツイッターを引用して伝えられる福島第一原発の現実には、メディアが二重に介在していることを忘れてはならない。マンガの中で「竜田」は、「この世の地獄みたいにいわれるこの1F(いちえふ)で、毎日こうしてのんびりメシ食って昼寝なんかしている。これもまた、メディアではあまり報じられない『福島の現実』だ」という。台風が福島第一原発に接近したときのツイートは、「レポーターを入れて現場状況を全国生中継してくれればいい」、そうすれば「作業員を増やせというはずなんだけれど」と語っている。テレビニュースが引用したマンガとツイートには、原発危機のテレビ報道に対する批判が込められているのだ。
大越健介キャスターは、このニュースを次のように結んでいる。「福島第一原発の状況が厳しいということだけを、私たちは得てしてステレオタイプに繰り返してしまいがちなのですが、日々そこで働く現場の作業員が切り取って見せる現実は、さすがに特別な説得力があります」。たしかに、そのとおりだ。
しかし、放射線を浴びて果てしない廃炉作業に従事する原発作業員の現実を、テレビは伝えてこなかったのだろうか。ステレオタイプを繰り返しがちな「私たち」とは、テレビのすべてではなく、「NW9」というニュース番組だけではないのだろうか。マンガやツイッターといった他のメディアを拠りどころにした反省の弁には、そうした危うさがある。
ドキュメンタリーは作業員に
取材して現実を描く
実は、「NW9」がこれを伝えた前日の7日午前2時20分から、フジテレビが、第22回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品の「1F(イチエフ)作業員?福島第一原発を追った900日?」を放送していた。番組には、福島で被災し、「1F」の危機以来、家族とも離ればなれになりながら過酷な現場作業に従事する地元出身の2人の作業員が、実名、顔出しで登場する。この2人が取材に応じたのも、「竜田」と同様に、「世間に知られていない現場の真実をありのままに伝えたい」からだったという。
テレビドキュメンタリーの流れをさかのぼっていくと、12年8月19日放送のNHK「ルポ 原発作業員?福島原発事故・2年目の夏?」(ETV特集)に突き当たる。このドキュメンタリー番組でも、地元福島出身の「1F」の作業員が実名、顔出しで登場する。その姿によって、原発震災で仕事を失った地元業者と被災者が、孫請けで過酷な現場作業に従事している現実が描き出されていく。
原発事故発生から間もない11年8月12日には、やはりNHKが「追跡!AtoZ 福島第一原発作業員に何が」を放送している。この番組は、暴力団関係の手配師が、さまざまな困難を背負った人々を高線量の現場での使い捨ての作業員として調達する実態を伝えた。作業員たちは「モザイクをかけても本人は特定できる」といわれていて、なかなか取材に応じてくれない。ようやく取材に応じた作業員の一人が持参の全面マスクを記者に装着させて、その苦しさを経験させるシーンもある。
「福島第一原発の状況が厳しいということだけを」「ステレオタイプに繰り返して」きた「私たち」とは、けっしてテレビのすべてではない。ドキュメンタリー番組では、福島第一原発の現場作業員への直接取材によって、さまざまな問題がたびたび描き出されてきた。
ところが大越は、こうしたテレビドキュメンタリーの世界には言及せずに、「日々そこで働く現場の作業員が切り取って見せる現実」を他のメディアから引用して、それに「特別の説得力」があるといっている。これでは、現場の作業員が自ら発信しているメディアと比べた説得力だけではなく、ドキュメンタリー番組と比べた現場取材も不十分なことを露呈する、語るに落ちた反省の弁といわれても仕方がない。そこからは、ドキュメンタリー番組の制作者に対するリスペクトの足りなさ、福島第一原発の現場作業員の現実をテレビで見た視聴者の記憶に対する見くびりのようなものが透けて見えてくる。
■ライター紹介
こばやし・なおき 法政大学社会学部教授。著書に『「水俣」の言説と表象』(編著、藤原書店)、『放送番組で読み解く社会的記憶』(共著、日外アソシエーツ)など。
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