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気になるニュースを転載しています。

2021年01月

https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/479437

昨年、各世帯に配布された布マスク。この時すでにマスク不足は解消されていた(昨年5月、京都市下京区内)

昨年、各世帯に配布された布マスク。この時すでにマスク不足は解消されていた(昨年5月、京都市下京区内)

学校に配布された「アベノマスク」。砂川小では防災用備蓄として保管されていた(22日、京都市伏見区)

学校に配布された「アベノマスク」。砂川小では防災用備蓄として保管されていた(22日、京都市伏見区)


 昨年5月以降、政府から京都市内の家庭に届いた布マスク。マスク不足が解消された後だったこともあり、京都市役所に寄贈する動きが広がった。その数は約9700枚。当時、庁内に積み上がっていたいわゆる“アベノマスク”は有効に使われたのか。追跡した。

 22日、京都市伏見区の砂川小職員室を訪れると、「非常用」と記された段ボールがあった。中には約80枚の布マスク。寄付を受けて市役所から配布された30枚に、政府から届いた児童、教職員用の残りを加えて保管していた。中村理恵校長は「災害時の備蓄用に重宝しています」。

 毎朝、校門に教員が立ち、忘れた児童には不織布マスクを渡す。「寄贈された善意の布マスクは大切に使わなければ」と、備蓄しているそうだ。同小は災害時の避難所になっており、中村校長には「災害で供給が止まれば、繰り返し使える布マスクはありがたい」との思いもある。

 市は集まった布マスクのうち、約8千枚を「マスクを忘れた児童のために」と市立の幼稚園、小、中、高、総合支援学校に一律30枚を配った。だが、市教委はすでに計34万枚余の不織布マスクを各校に配布済み。布マスクは役立っているのか。市教委担当者は「使途は各学校に任せている。布マスクがどれだけ使われているかは把握していない」。

 ということなので、現場に聞いた。「布マスクは小さく、子どもの顔にぴったり。在庫はほとんどない」とする幼稚園や「校内でマスクのひもが切れたりした場合に渡している」という中学校などから、感謝の声が聞かれた。一方、「機能面に劣る布マスクを嫌がる保護者もいる。児童には不織布製を渡し、布は残っている」とする小学校もあった。

 市内の小学校で担任を務める50代女性教員は、マスクが汚れている児童を見つけ、布マスクを手渡そうとしたことがある。だが児童に「いや、このままで大丈夫です」と断られたという。「子どもにとっては恥ずかしかったのか…。不織布製は何枚あってもありがたいが、アベノマスクはもういらない。その予算を生活に困っている児童の家庭支援に使えなかったのか」と嘆く。今は不織布マスクを渡し、校内でも布マスクはほとんど使われていないという。

 業界団体の日本衛生材料工業連合会によると、昨年春に比べ、マスクの出荷量は2倍以上、生産能力は3~4倍に増強され、「全国に緊急事態宣言が広がったとしても、マスク不足の心配はない」という。この状況下で、政府が“スガノマスク”を配布することはないだろう。

 全国への布マスク配布に費やされた税金は約260億円。有効活用する学校もあり、全て無駄だったとは言い切れない。ただ記者が、アベノマスクを着用する子どもの姿を街中で見掛けたことは、一度もない。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/83174?rct=editorial

 ある米紙の記者が自分の職業を表現して、プロフェッショナル・ウォリアーだ、と。勇ましいwarrior(戦士)に非(あら)ず、むしろ逆のworrier。「プロの心配性」というわけです。いかにも、私たち記者の書くものといえば「〜は大丈夫か」とか「〜が懸念される」とか何かにつけて心配したり疑ったりする内容が多い。お察しの通り、本稿もまた−。

◆「出遅れ」「置き去り」

 日本が時代の波に乗り遅れたのではないかと、このごろ、そう気をもんでいます。日本が「出遅れた」「立ち遅れている」といった記事が最近、やけに目について。
 新型コロナの関連なら、例えばワクチンです。欧米企業のワクチンが相次ぎ、早々と実用化され、中、印も自国製の接種を進行中。日本の企業も開発に奮闘していますが、実用化はまだ先のようす。接種もなお緒に就いていません。
 デジタル化の遅れもしかりで、「ファクス」や「はんこ」がやり玉に挙がり、テレワークやキャッシュレス決済の普及の鈍さも話題に。日本は「十年遅れ」というのが最近の通り相場でしょうか。
 もっと先端的分野での「遅れ」も心配です。人工知能(AI)や量子コンピューターといった分野での特許出願数を分析した日経の記事は、中、米が激しく競っているとした上で日本の「遅れ」をまた別の言い方で表現しています。日本は「置き去り」「水をあけられている」…。
 無論、じっくり、ゆっくりが大事なこともあって、何でも進んでいればいいという訳ではありません。それでもやはり、地球温暖化防止への対応はかなり深刻な日本の「遅れ」とみるべきでしょう。
 安倍政権時代の日本は煮え切らない態度に終始し、「世界の脱炭素化を牽引(けんいん)する」との決意は示すものの、脱石炭も打ち出せず「化石」呼ばわりされていたのが実情です。そんな政治の鈍さゆえか、再生可能エネルギーなど急伸が見込まれる環境ビジネスの分野で日本は出遅れることになります。

◆せめて再エネ、環境は…

 日本の電力の再エネ比率は英、独、伊などの半分ほどですし、関係サイトを見ると、太陽光発電パネルの世界シェア上位には中国企業がずらり、風力発電タービンもデンマーク、中国などの企業が上位を占め、日本企業の影は薄い。
 菅政権になって、やっと「二〇五〇年、温室効果ガス排出実質ゼロ」を打ち出しました。菅首相は「世界に先駆けて」脱炭素社会を実現すると胸を張りますが、日本より先に同様の目標を定めた国は少なくとも十数カ国はあります。
 その関連で「三五年、ガソリン車の新車販売ゼロ」も表明されました。これも例えば英国は一七年の時点で「四〇年、ゼロ」を打ち出し、昨秋には「三〇年、ゼロ」にまで前倒ししています。
 ガソリン車に代わるのは、電気自動車(EV)など電動車。中で問題は、日本メーカーが得意なガソリン・電気併用のハイブリッド車(HV)です。インフラ不要の環境車ですが、英国が「三五年、HVもゼロ」を宣言。やがて世界標準になっていく可能性もあります。世界に冠たる日本勢もことEVに関しては現状では分が悪い。米、独、韓、中などのメーカーが世界市場の上位を占めています。
 種々の「遅れ」のすべてが政治のせいではないでしょう。が、やはり責任は大きい。先を見て技術革新の種をまき、芽を育て、産業を未来に適合させていく−。わが国の政治がもしそうできていたら、いくつかの重要分野で、あたら他国の後塵(こうじん)を拝するようなことにはならなかったでしょう。
 何もかもとは言いません。せめて、この国で起きたあの原発事故を重い教訓として受け止めていたら…。せめて温暖化防止に向けた初の世界的合意「京都議定書」やHVを世界に送り出した国が温暖化危機をもっと切実にとらえていたら…。原発や石炭火力を早めに見切り、それこそ「世界に先駆けて」再エネや脱炭素技術の研究開発に投資や人材を集中させることもできたでしょう。
 無論、わが国は今も主要先進国の一つで世界をリードしている分野も少なくはない。しかし、どっかりあぐらをかいていていいほど安泰でないのも確かです。挽回には冷静な自己評価も肝要です。

◆「過去」を守る姿勢

 日本のデジタル分野での遅れに関し、デジタル技術への投資を、新事業創造などに向けた「攻め」でなく、合理化の手段のように従来システムを補整する「守り」の投資ととらえる傾向を指摘する声もあります。過去のものとなりつつある石炭や原子力の「守り」にこだわり、再エネなど未来を開く「攻め」の投資への転換が遅れた経緯に重なる気がします。ここは寺山修司の詩句を借りるとしましょう。ふりむくな ふりむくな うしろには夢がない−。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/83150?rct=politics

 新型コロナウイルスで11都府県に緊急事態宣言が発令される中、国民の権利制限を柱とした法改正が国会で進んでいる。自民党が2018年にまとめた、4項目の改憲条文案の1つ「緊急事態条項」を巡る議論を思い出した。
 緊急事態条項は、大規模災害で「法律の制定を待ついとまがない」とき、法律で定めるべきことを内閣が政令で定められるよう規定。政府が自らの都合で緊急事態を認定する懸念や、人権を過度に抑圧できる政令が国会の関与なしに発せられる恐れが指摘され、理解が広がっているとは言えない。
 コロナ禍の今、とにかく感染拡大を抑えるという理由で、時短営業に応じない事業者や入院を拒んだ患者に行政罰を科す関連法改正案が、2月3日にも成立しそうな情勢だ。
 自民党はもともと、非常時には国の権限を強めるべきだという発想が強い。緊急事態条項には慎重な姿勢だった立憲民主党も、刑事罰を撤回させた上で罰則を受け入れた。新型コロナの対応策には反対しづらい事情もあるのだろう。世論にも一定の賛成論がある。
 しかし、緊急事態条項を巡る議論を忘れたかのように、わずか3日間の修正協議で私権制限の導入を固め、数日間の国会審議で成立させてしまうことに、違和感を持つ国民も多いのではないか。少なくとも政府には、国民が納得できるまで説明を尽くす責任がある。
  ◇
 国民への説明という点で対照的だったのは、日米両国の首脳が今月、国民に向けて行った演説だ。
 バイデン米大統領は就任演説で、新型コロナと社会の分断を克服するという目標を明示し、そのために一貫して「結束」を訴えた。「私を支持しなかった人々のためにも懸命に闘う」と約束した上で協力を求める姿勢は説得力があった。
 菅義偉首相の初めての施政方針演説は、これに比べて素っ気なかった。今回の法改正については「罰則や支援に関して規定し、飲食店の時間短縮の実効性を高める」と簡略に説明しただけ。なぜ国民に罰則を科さなければいけなくなったのか、言葉を尽くして説明していない。その後の国会答弁も含め、結論だけを話して協力を求めるような言い回しが目立った。
  ◇
 2月以降、注目されるのはワクチン。政府は同月下旬にも接種をスタートさせ、多くの国民に接種してもらい、集団免疫を獲得することを目指している。昨年12月に成立した改正予防接種法では、国民は接種を受ける努力義務があるとしたが、安全性に不安を抱く国民は少なくない。
 とにかく緊急事態だから接種してほしいというだけでは、国民は安心できない。接種を進めるポイントは、政府への信頼。首相は今度こそ国民と向き合い、いい材料も悪い材料も、包み隠さず説明することができるだろうか。

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https://www.tokyo-np.co.jp/article/83153?rct=politics

 衆院で審議中の新型コロナウイルス対策の関連法改正案は、緊急事態宣言の発令前でも都道府県知事に事業者への営業時間短縮命令を認める「まん延防止等重点措置」の創設が盛り込まれている。違反の罰則として20万円以下の過料を定めるなど現行より私権制限は強まる。憲法上の問題点はないのか。上智大の高見勝利名誉教授(憲法学)に聞いた。(川田篤志)

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 ―宣言前の時短営業命令は憲法22条の「職業選択の自由」に含まれる「営業の自由」の過度な制約に当たらないか。

 「疫病のまん延防止という公衆衛生目的での『営業の自由』の規制は必要最小限度であれば許容される。今回の場合、時短営業命令の内容が必要最小限度であるかどうかが問われる」

 ―条文では知事が一定の期間と地域(市町村単位など)、特定の事業者を定めて命令できると規定する。

 「例えば、対象を全ての飲食店にするか、酒を提供しない店は外すのか。知事は命令発令前に『専門家の意見を聴かなければいけない』という規定を設けるというが、集中的に一定期間の時短営業をすればまん延防止を確実に達成できると、感染症の専門家でも立証できるのか。未知のウイルスが相手だ。科学者の判断が絶対に正しいと言えないままに政治家が最終判断するところにこの法律の難しさがある」

 ―国と地方自治体には事業者への財政支援が義務化された。

 「過料をムチ、財政支援をアメとすれば、十分な支援措置で時短命令に応じるよう事業者を誘導できるならアメだけを使いなさいというのが憲法解釈上の必要最小限度だ。アメとムチをいつでも両方使えるのではなく、ムチはあくまで最終手段。そうした配慮を欠けば、過料が過剰規制として『営業の自由』を侵害し、違憲と判断される可能性がある」

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2021-01-31/2021013101_04_0.html

 ワクチンとはラテン語の「雌牛」を意味します。18世紀末にイギリス医師のジェンナーが牛痘を人に接種することで天然痘が予防できると発見。それが由来といわれています▼その後、近代細菌学の祖とされるフランスのパスツールが体に免疫をつくらせる物質をワクチンと呼ぶようになりました。感染症の歴史は、人類がその拡大を科学の力によって防ごうとしたワクチン開発の歩みにも重なります▼新型コロナウイルスのワクチン接種が始まりました。世界の感染者が1億人をこえたいま、収束の切り札と期待されています。しかし供給をめぐり、早くも各国の争奪戦や格差がうきぼりに。途上国は置き去りにされ、有効率の高いワクチンを先進国が独占する流れになっています▼欧州連合(EU)は域内で製造されたワクチンの輸出について規制措置を講じると発表。自国優先の「ワクチンナショナリズム」と批判の声が上がり、世界保健機関(WHO)も公平な配分を阻むことになると懸念を示しています▼日本は2月下旬から医療従事者に、つづいて65歳以上の高齢者に接種を開始する計画だと政府はいいます。ただし世論調査では、すぐに受けたい人は2割ほどにとどまり、様子見が7割にものぼっています▼通常5年から10年かかるといわれるワクチン開発。急ごしらえに不安を覚える人は多い。正確な情報の伝達とともに安全性の確保、公平さが求められます。「科学に国境はない」。先駆者パスツールの言葉を肝に銘じるときです。

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