日本を代表するコメディアンだった志村けんさん。その著書「変なおじさん 完全版」(新潮文庫)は至って真面目な本である。どうすれば人を笑わせられるか-。喜劇論であり、人生論だ。好きな言葉を「忍耐、努力、心」と記している。
2002年の初版後、2刷が出たのは、志村さんが70歳で亡くなった今年3月29日から17日後のことだ。多くの日本人に身近な著名人の新型コロナウイルス感染症による死は、その脅威を世の中に広く実感させた。
「人間・志村けん」を、その死後に知った人もいるだろう。人の真の姿や、世の常識とは何か。コロナ禍の中で経験する「新たな日常」で、自分を見つめ直す機会が格段に増えた人も少なくないのではないか。
■変化のきっかけ逃すな
コロナ禍は社会に多大な「忍耐」や「努力」を強いた。と同時に、多くの思わぬ副産物も生んでいる。その代表例が、感染防止のために提唱された「3密(密閉、密集、密接)」回避という生活スタイルだろう。流行語大賞にもなった。
自宅などで勤務するテレワークは職場に出勤するという心構えさえ変えた。都市部では満員電車といった通勤の苦労から解放された人も多い。ITを活用したオンラインによる活動は教育や医療、コンサートなど芸術にも広がった。
その過程で図らずも、日本がいかにデジタル化の後進国であるかもあぶり出された。コロナ禍に対応する給付金のオンライン申請は、制度設計のずさんさから全国で混乱した。
9月に発足した菅義偉政権の目玉政策であるデジタル庁新設はその反省から生まれた。はんこの廃止も同時に進む。デジタル化は高齢者にも優しく、暮らしやすい社会を目指す手段という点を忘れずに努力したい。
「密」を回避する延長線上で注目されたのが、九州など地方への移住という新たな動きだ。最近は耳にすることも減った地方分権や地方創生の呼び水となるのか、コロナ禍が収束すれば元に戻るのか。この変化のきっかけを逃す手はない。忍耐強く議論を深めたい。
コロナ禍は私たちの「心」の暗部もえぐり出した。外出や移動の自粛要請に応じない人々への嫌がらせが相次いだ。感染者や家族、医療従事者らへの差別や偏見が今も、インターネットを通じ増長されている。
会員制交流サイト(SNS)などの法規制を求める声も高まっており、SNS事業者が自主的な取り組みでどこまで事態を改善できるか。まさに努力の結果が求められている。
■自分に正直に生きよう
東京五輪・パラリンピックが1年延期された。やむを得ない「忍耐」だろう。ただ多くの出場内定者が悲観せず「練習の期間が増えた」と前向きに捉え、私たちに勇気を与えてくれた。
熊本県を襲った豪雨は感染拡大後、初の大災害となった。避難所の「密」対策は取られていたが、被災者に接した保健師が感染者だったことが判明し、さらなる課題を突き付けた。
「努力」の輝きも多数見られた。将棋の藤井聡太七段による史上初「10代二冠」は大人に驚きを、子どもには夢も与えた。小惑星探査機「はやぶさ2」は苦難を克服し任務を達成した。
懸念されるのは夏以降、中高生や働く女性の自殺者が増加していることだ。コロナ禍で心の不調が増えているのだろうか。
志村けんさんが冒頭の著書で若者に呼びかける。<天才なんて、どこにもいない。1回きりしかない人生なんだから、自分の好きなように、自分に正直に生きようよ>
私たち全員への遺言である。



