ttammakko24のblog

気になるニュースを転載しています。

2019年04月

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019043002000112.html

 今日で天皇陛下が退位され、平成の時代が終わります。特別な節目の日ではありますが、思い浮かぶのは特別とは正反対、「当たり前」のことです。
 一九八九年一月七日付の小紙の社説は「矛盾が多い消費税の価格転嫁」など二本で、「昭和のおわりに」という社説は載っていません。当然、その日が昭和の終わりになることを事前に誰も知らなかったからです。

 とまれ、平成はその翌日に始まり三十年余。思えば、呱々(ここ)の声を上げた嬰児(みどりご)が大人に、紅顔の美青年が厚顔な中高年になるほどの時間です。社説で言えば、平成時代にざっと二万本が書かれた勘定。本稿が最後の一本かと思えば、いささかの感慨を禁じ得ません。

◆原発に制御されている

 ここしばらく、メディアでは多くの平成回顧が見られました。吉凶ないまぜ、本当にいろんなことがあったのですが、「平成時代にあったこと」を一つと言ったら、やはり多くの人が東日本大震災を挙げるのではないでしょうか。
 地震・津波の恐るべき力が夥(おびただ)しい数の命を奪いました。そして、原発事故。『ジュラシック・パーク』の恐竜みたいに、人間が作り出したものが人間の制御を離れて暴走する恐怖は、それまで味わったことのない種類の恐怖でした。

 あれだけのことが起きたのに、なかったことにするつもりか、政府はなお原発「維持」に拘泥しています。もはや時代遅れ、安全性どころか経済合理性だって大いに疑問です。事故当事国の日本こそ真っ先に方向転換し、再生可能エネルギーに未来の活路を見いだすべきだったのに、今や他国に相当後れをとっています。

 動かない、いや動けないのか。もしや、いつか首相が言った「アンダーコントロール」とは、原発が制御されている、ではなく、原発に制御されている、の謂(いい)だったのでしょうか。

◆何でもないことの平安

 俳人長谷川櫂さんの震災直後の作歌に、忘れがたい一首があります。<ラーメン屋がラーメンを作るといふことの平安を思ふ大津波ののち>
 あの震災と原発事故で、私たちは、それ以前には、何でもない、当たり前と思っていたことが、実はどれほど大事なものだったのかを、あらためて思い知りました。

 「行ってきます」と出て行った子が「ただいま」と帰ってくる。夕餉(ゆうげ)の食卓には家族の顔がそろう。電車は時間通り動き、パン屋にはパンが並び、コンビニにはビールや弁当やお菓子があふれ、夜の街ではネオンがまたたく。故郷の家にずっと暮らすことができて、日本の産品は「安全」の代名詞のように諸外国に扱われる…。

 こうした多くの「当たり前」が震災・原発事故で失われました。
 ここで「平成時代にあったこと」から「平成時代になかったこと」に話を転ずるなら、まず挙げるべきは、戦争だと思います。
 近代以後、明治にも大正にも昭和にもあったが、平成の時代にだけは、それがなかった。

 考えてみれば、戦争ほど、人々の営みの「当たり前」を奪い去るものはありません。過去の戦争では、どれほどの「行ってきます」が「ただいま」に帰り着けず、どれほどの「お帰りなさい」が重くのみ込まれたまま沈黙の淵(ふち)へと沈んだか。食べるものがある、住む所や働く所、学ぶ所がある。そうした無数の「当たり前」を戦争は燃やし、壊しました。

 昭和がその後半、どうにか守った「戦後」を平成は引き継ぎ、守り抜いた。そのことは無論、素晴らしい。ですが、このごろ、どうにもきなくさいのです。
 他国の戦争に加われるようにする憲法解釈の変更に始まり、それに基づく安保法などの法整備、さらには事実上の空母を持つとか、敵基地攻撃可能な巡航ミサイルを持つとか、安倍政権が次々打ち出す策は「専守防衛」を骨抜きにし、「平和主義」をぐらぐらと揺さぶっています。
 まるで、「戦後」という平和の鐘が一つ、また一つと溶かされ、まがまがしい「戦前」という剣に鋳直されていくような。
 歴史や過去に学ぶのなら、「戦後を維持し、原発から脱却する」のが当然なのであって、「戦後から脱却し、原発を維持する」なんて、そう、あべこべです。

◆「戦後」を脱却させない

 どうあっても「戦後」は続けなければなりません。無論、明日から始まる新たな時代も、ずっと。

 高浜虚子の名句を借りるなら、そうした私たちの誓い、願いこそが<平成令和貫く棒の如(ごと)きもの>であると信じます。少なくとも人間のやることで、人々のかけがえのない「当たり前」が奪われることがないように。「当たり前」の平安をかみしめながら、平成の背中を見送りたいと思います。


https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2019042901001655.html

 日中戦争、太平洋戦争による過酷な体験で心に傷を負って精神疾患になり、戦傷病者特別援護法に基づく療養費を受給しながら入院生活を送る旧日本軍の軍人・軍属がゼロとなったことが29日、各都道府県への受給状況の取材で分かった。入院患者は1990年度に376人いたが、戦後73年の昨年6月、福岡県の医療機関で最後の1人が亡くなった。入院はしていないが、戦争による精神疾患を理由に受給が続くのは島根県の1人のみ。

 2016年3月に安全保障関連法が施行され、自衛隊が海外で武器を使用し、戦闘に巻き込まれるリスクは増大。戦争と精神疾患との関係を検証することが必要との指摘がある。

https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2019042901001828.html

 航空自衛隊三沢基地(青森県三沢市)の最新鋭ステルス戦闘機F35Aが墜落した事故で、米国が派遣した深海捜索船「ファン・ゴッホ」が29日、墜落したとみられる青森県沖の太平洋に到着し、海上自衛隊の艦艇と日本の海洋研究開発機構の海底広域研究船「かいめい」とともに3隻態勢で海底捜索を始めた。米側が墜落した自衛隊機の捜索に関与するのは異例。
 空自によると、9日に墜落して以降、捜索を続けているが操縦士と機体の大半が見つかっていない。レーダーから機影が消えた三沢基地の東約135キロ付近は水深約1500メートルと深く、墜落した地点も特定できず、捜索は難航している。
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「異例」な事をしなければならない、よほどの理由があるんですね。その理由を知りたいですね。国民としては。今後100機超も、莫大な税金で購入するんですから。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/301012?rct=c_editorial

 自動車大手でまた検査不正が明らかになった。信じがたい行為の数々に言葉を失う。
 スズキは出荷前に実施するブレーキなど安全性能の検査でも不正があったとの報告書を公表した。不合格とすべき車両を再検査せずに合格にするなどの不正が、国内の3工場全てで行われていた。
 無資格者による検査も1980年代から続き、社内調査で発覚しないように組織的隠蔽(いんぺい)もあった。
 検査不正は日産自動車やSUBARU(スバル)でも発覚したが、悪質さでは2社をしのぐものがある。安全は自動車製造の生命線であり、利用者への重大な背信だ。
 あらゆる無駄を排除する―。それがスズキが誇る生産方式だ。
 だが社内には検査までを無駄と捉える風潮があったという。効率化を安全軽視の免罪符にしていたと言われても仕方ない。長くワンマン体制を敷いた鈴木修会長ら、歴代経営陣の責任が問われよう。
 スズキは昨年8月、検査ルールを逸脱した不適切な計測が発覚。翌月に燃費などの測定値改ざんも見つかり、全容解明を託された外部の弁護士が報告書をまとめた。
 これを受け同社は業界で過去最多の202万台をリコールする。
 無資格検査は昨年の調査では「ない」とされたが、発覚を恐れる3工場の管理職が連絡を取り、書類差し替えなどで隠蔽していた。
 報告書は、コスト削減に伴う人手不足が不正につながったと指摘した。検査部門で定年退職者が出ても補充がなかったとされる。
 経営陣の検査業務に対する理解や関与の不足にも言及しており、品質を守る責任を自覚していなかったと言わざるを得ない。
 再発防止策として老朽設備の更新などに今後5年間に1700億円を投じ、検査本部を新設して経営陣の関与を強めるという。
 ただ、問題の根深さを考えれば立て直しは容易ではなかろう。品質より効率を優先する企業体質の抜本改善なしに信頼回復はないと、経営陣は肝に銘じるべきだ。
 品質不正は車にとどまらない。
 IHIは航空機エンジン整備で無資格検査などの不正が相次ぎ、国土交通省から今月、業務改善命令を受けた。トラブルが大惨事に直結しかねない製品をつくっている自覚があるのだろうか。
 大和ハウス工業でも住宅約2千棟で建築基準法違反の恐れがあることが判明した。
 このまま品質不正の連鎖を断ち切れなければ、日本のものづくりへの信頼は地に落ちかねない。

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190429/KT190428ETI090001000.php

幼い頃、親に連れられて投票所に行くと、背広や和服で身なりを整えた大人たちの姿をよく見かけた。男女平等の普通選挙が始まった頃を思い出す―。本紙「建設標」に載った上水内郡の80代女性の投書で、記憶がよみがえった。投票を重んじる表れだったのだろう

   ◆

今回の統一地方選には「過去最低の投票率」「無投票」が付いて回った。最近の建設標にも事態を憂えた投稿が目立つ。名前を連呼する選挙カーの見直しが必要、居住地に限らず応援したい自治体の政治への参加を認めてはどうか…。興味深い提案もあった

   ◆

かねて感じているのは選挙運動期間の短さだ。県議選は9日間、市長選・市議選は7日間、町村長選・町村議選は5日間しかない。公選法が施行された1950年、市町村の選挙はいずれも20日間だったと聞く。現職が新人の追随を許さないための短縮ではなかろうが、十分な論戦を期待できる日数ではない

   ◆

ネット上の運動にしても、連絡先を伏せての発信はだめ、有権者はメールで投票を呼びかけてはだめ。「べからず集」と揶揄(やゆ)される公選法が市民の行動をも縛っている。規則が緩く、老若男女が集って盛り上がる他国の選挙の光景をうらやましいとさえ思う

   ◆

「デモクラシーの健全さは、一に選挙という貧弱な技術的操作にかかっている」。スペインの思想家オルテガが書いている。選挙制度が全てとは思わないまでも、有権者の政治への関心を呼び戻す大きな鍵には違いない。

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