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2015年11月

http://www.kahoku.co.jp/editorial/20151130_01.html

 来年度予算編成を前に、国の事業の無駄や非効率を指摘する報告や点検の動きが相次ぎ、あらためて「役所仕事」への疑念が高まっている。
 会計検査院による2014年度決算検査報告は、570件、1568億円に上る不適切な会計処理、税金の無駄遣いを指摘し、改善を求めた。
 有識者が事業の成果を公開で点検する行政事業レビューでは、原子力や英語教育、東京五輪関連事業などの有効性がやり玉に挙がり、長期間使用していないにもかかわらず年間12億円の維持費を注ぐ核燃料輸送船の打ち切りを求める意見が脚光を浴びた。
 一方で財政再建の必要性を叫び、国民に一層の消費増税負担を求めていながら、億単位の浪費を漫然と繰り返す役所仕事の感覚には、いまさらながら憤りを覚える。
 言いっぱなしやパフォーマンスに終わらないように、報告と点検を適正な予算編成と事業執行に反映させることはもちろん、無駄や非効率な事業を生む土壌までさかのぼった反省と見直しを求めたい。
 今回の会計検査院報告には、地味ながら、見逃せない項目があった。国民生活の安全性に関わる事業の検証だ。
 例えば、秋田、山形両県を含む10府県の自治体を対象に、太陽光発電の支援事業を活用した防災拠点施設の蓄電池設備を検査した結果、106基で必要な耐震性が確保されず、災害時に転倒、破損の危険があることが分かった。
 支えがなかったり、強度計算が不十分だったり、バラバラに対応している実態があり、事業担当の環境省による指針が明示されていないことなどが原因と指摘された。
 東日本大震災では、防災関連施設や設備の不備や不調により、避難情報伝達に支障が出た例があった。いざというときに役に立たない設備が住民の命を危うくするかもしれないことを考えれば、あまりに緊張感を欠いた仕事ぶりと言わざるを得ない。
 公立小中学校の消防設備の検査でも、20府県3千校余りで自動火災報知機、消火器、避難はしごなどで不備があり、3年以上も放置されていた事例も多数見つかった。
 空港施設の維持管理検査では、仙台空港などで無線や灯火施設のさびや損傷が放置されたり、滑走路の修繕や適切な保全を講じていなかったりした例が明らかになった。
 いずれも多額の税金の無駄遣いにつながるケースではないが、日々の業務の質が問われる結果ばかりだ。
 国民の安全・安心に直結する分野で、やるべきことがなされていない無責任な現状はある意味、無駄よりも深刻と言えるのではないか。
 指摘された側にとっては重箱の隅をつつくような結果だったかもしれないが、国の段階から地方機関、自治体に至るまで、趣旨が徹底されないまま何となく事業が継続されている実態こそ、無駄を生む最大の原因と捉えたい。
 何のため、誰のためにその事業があり、その仕事があるか。会計検査院や行政事業レビューの指摘を待つまでもなく、それぞれの組織、一人一人の職員が日頃から自問を繰り返すことが肝心だろう。

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201511/20151130_11023.html

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年内の現地調査入り断念を伝える井上信治副大臣(左)と村井知事の会談=19日、県庁


 東京電力福島第1原発事故で発生した指定廃棄物の最終処分場建設問題は、環境省が宮城県内3候補地への年内の現地調査入りを断念したため、県内にある約6000トンの指定廃棄物が一時保管されたまま2年続けて越年することになった。年内にも市町村長会議が開かれる見通しだが、3候補地以外の首長からは国への怒りや戸惑いの声が上がっている。

 「調査受け入れに反対する加美町の住民の気持ちは分かる。だが、私たちは住民から『ふざけるな』と叱られている。国は何をしてきたのかと思う」
 県内最多の2235トンの汚染稲わらを24カ所で一時保管する登米市の布施孝尚市長は、保管を受け入れている市民との板挟みで苦慮する心境を吐露。国の姿勢を「熱意不足」と批判した。
 放射性濃度が1キログラム当たり8000ベクレル以下の牧草を福島県浪江町の被ばく牛を飼う牧場に飼料として運んだ白石市の風間康静市長は「8000ベクレル以下は一般廃棄物として市町村が処理するよう決めたのは環境省。市独自の処理方法を4年間考え続け、牧場から『欲しい』という話もありゴーサインを出した」と説明。「環境省は指定廃棄物は『自分たちがやる』と言ったのに当事者意識があるのか」と憤った。
 丸川珠代環境相が、市町村長会議に出席しない考えを示したことにも不満が渦巻く。仙台市の奥山恵美子市長は「住民に一時保管の延長を求めなくてはならない苦しい立場の首長の生の声を聞いてほしい」と苦言を呈した。
 一方、国の基本方針通りに最終処分場を県内1カ所とすることなどを了承した市町村長会議の経緯を、あらためて確認するよう促す声もある。
 沿岸部のある首長は「仮に今の3候補地が白紙撤回となり、新たに別の候補地を決めたとしても、地元で反対が起きればまたできなくなる」と危惧する。
 別の首長は「同じ原発事故被害者の福島県に指定廃棄物を押し付けていいのかという論点からスタートし、県内1カ所への集約や調査受け入れを総意としたはず。建設の賛否はともかく、調査受け入れは足並みをそろえるべきだった」と加美町の姿勢を疑問視する。
 市町村長会議の日程について環境省は「調整中」と話す。首長たちからは「12月は議会の定例会があり、その後はもう年末。村井嘉浩知事や35首長がそろう日程を取れるのか」といった冷ややかな声も漏れる。


http://www.kahoku.co.jp/special/spe1141/20151129_01.html

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仮設住宅の催しで作った芋煮を住民に手渡す久保さん

◎久保香帆さん(いわき市)からトシ江さんへ

 香帆さん 毎年、長期の休みで帰省した際、優しくて料理上手だった祖母が出してくれた自家栽培の野菜や、海の幸の味が忘れられません。
 祖母の家は海沿いにあったので、震災発生時、連絡が取れなくなり、心配しました。でも「100歳まで生きる」と言うほど元気だった祖母。きっと大丈夫だと信じていました。

◎原発事故で面会へ行けず無力感

 3日後、岩手県山田町に住む叔母が祖母を発見しました。亡くなったなんて全く実感できませんでした。
 すぐに釜石に行ってあげたかったのですが、福島では東京電力福島第1原発事故が発生し、家に閉じこもりました。面会できたのは10日以上後でした。
 震災の時に無力だったことが悔しくて、進学した福島大では学生団体「災害ボランティアセンター」に入り、被災者支援に携わってきました。
 ことし6月から、学生2人が福島市内の仮設住宅に住み込んで避難者をケアする「いるだけ支援」を始めました。私は企画から関わり、活動の統括をしています。
 仮設住宅でイベントを催しても参加者はいつも同じ。本当に支援が必要な人はなかなか見えてきません。
 同じ境遇で生活するからこそ、家でふさぎ込んでしまっている人と交流を持つことができ、悩みも引き出せていると思います。
 祖母にはあのとき何もしてあげられませんでした。けれども、その分頑張って活動している今の姿を、天国から見てほしいですね。
(日曜日掲載)

<久保トシ江さん>=当時(88)=釜石市平田で1人暮らしをしていた。毎年、夏と冬に息子夫婦と孫の香帆さん(21)らが帰省するのを心待ちにし、温かい手料理でもてなした。家の目の前は大海原。避難は間に合わず、家の中で津波に襲われた。

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201511/20151130_73008.html

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生徒の質問に答える大胡さん(左)と鈴村さん=20日、愛知県あま市の甚目寺公民館

 「福島の今を教えてほしい」-。東京電力福島第1原発事故で約600キロ離れた名古屋市内に身を寄せる福島県の2人の避難者が、愛知県あま市の中学生の要望に応え、東日本大震災の体験談や心境を語った。慣れない土地での暮らしは間もなく5年を迎えるが、「私たちのことをずっと気にかけてくれてうれしい」と生徒に感謝を伝えた。
 名古屋市に近いあま市にある市立甚目寺中。「心と心をつなぐ~福島について、いっしょに考える」と題した人権講話集会を20日に開催し、浪江町から避難する大胡晴美さん(51)と、富岡町の鈴村ユカリさん(42)を講師に招いた。
 2人は震災直後から、夫の実家などがある名古屋市に、それぞれ家族とともに避難する。古里への思いは常に頭から離れない。
 つらい避難所生活や、雑草に覆われた自宅の惨状。生徒は震災体験に耳を傾け、次々に質問した。「まだ復興していない福島を見ると、どんな気持ちになりますか」「頑張れと言われてうれしいですか」-。
 つらい震災を乗り越える一歩は何だったのか。1年女子の問い掛けに、鈴村さんは小中学生の自分の子ども3人の変化を挙げた。
 「好きなことに向き合えるようになったかな。中3のお姉ちゃんが合唱に一生懸命な姿を見ると、何かに出合えたのかなとうれしくなります」と打ち明けた。
 大胡さんも避難のため愛犬と別れたことなど苦しみを抱えているが、少しずつ歩みを進める。「娘たちとけんかもするけれど、毎日家族が一緒に居られること。くよくよせず、今しかできないことをやろうねと励まし合っています」
 震災から5年近くがたとうとする今でも、2人は福島から遠く離れた土地で支えられていることに深く感謝する。同校生徒会は「東北応援プロジェクト」に取り組み、愛知県内の避難者に思いを込めた絵手紙などを毎年送り励ましてきた。
 「私たちに何か役に立てることはありませんか」。こう問われた大胡さんは「皆さんから気に留めてもらっていることがうれしい」。鈴村さんも「みんなが思ってくれている。ここにいることを喜び、明日からまた頑張ろうと思います。ありがとう」と感謝のメッセージを送った。
 3年の長谷川竜也さん(15)は「愛犬と別れた話などを直接聞いて、胸を締め付けられた。福島が一日でも早く復興できるよう応援し続けたい」と話した。

http://www.kahoku.co.jp/naigainews/201511/2015113001001357.html

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2014年5月、鬼太郎の人形と写真に納まる水木しげるさん(左)と妻の武良布枝さん=東京都調布市の水木プロ

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死去した水木しげるさん

 「ゲゲゲの鬼太郎」など独自の妖怪物で知られる漫画家の水木しげる(みずき・しげる、本名武良茂=むら・しげる)さんが30日午前7時ごろ、心筋梗塞のため東京都三鷹市の杏林大病院で死去した。93歳。鳥取県出身。葬儀・告別式の日取り、喪主は未定。
 11日に東京都調布市の自宅で転倒して頭を打ち、入院していた。
 太平洋戦争から復員後、紙芝居画家や貸本漫画家を経て、「ガロ」などの漫画雑誌で活躍。代表作「ゲゲゲの鬼太郎」はたびたびテレビアニメ化され、妖怪ブームをもたらし、後に実写映画にもなるなど、時代を超えた人気を見せた。10年には文化功労者に選ばれた。

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