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2011年03月

田中龍作の
取材活動支援基金

フリー記者の仲間が一人消え、二人消える昨今です。ある分野のスペシャリストだったジャーナリストが「喰っていけないので田舎に帰る」と言ったのを聞いた時は愕然としました。記事や映像の売り込み先だった出版社、テレビ局が青息吐息であることを考えれば致し方ないのかも知りません。
フリージャーナリストは「絶滅危惧種」と言っても何ら差し支えない御時世です。かといって権力以上に権力的な新聞・テレビの記者だけに報道を任せていい訳ではありません。
田中は主寄稿先のネット新聞社が倒産し路頭に迷っていましたが、幸いにして2010年6月から読者の皆様に支えて頂くようになりました。「貧困」「検察」「小沢叩き」などの問題ではフリーのそれもネット記者として、ご支援に恥じない報道ができたと思っております。
2011年も田中龍作に取材・執筆を続けさせて下さい。これまで通り毎月の会計報告は怠りません。1円からでも10円からでも結構です。どうか支えて下さい。何卒宜しくお願い致します。
田中龍作

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「11日の石原知事の出馬表明は晴天の霹靂、驚いた。何が起きたのか分からなかった」。松沢成文・神奈川県知事はうなだれた(写真)。ハシゴを外されるとは、こういうことを言うのだろう。

 松沢氏は14日、東京都庁で記者会見し都知事選挙(3月24日告示、4月10日投票)への出馬を取りやめることを正式に表明した。

 共同記者会見した石原都知事が鼻白みながら理由を説明する(写真)。「選挙情勢を分析した結果、(松沢氏の当選が)覚束ないことが分かった。松沢さんという友人を失っても、東京を失うわけには行かなかった。苦渋の決断だった」。

 石原氏は激しく目をしばたたかせて語った。氏が真相を明らかにする際に見せる独特の癖である―「110%引退するつもりだった。その準備もしていた。心身の限界も感じていたからね」。

 松沢氏によれば2月上旬に石原知事から「君しかいない」と後継を託されたという。今月1日、都内で記者会見した松沢氏は石原都政を継承する内容の政策を明らかにし、石原氏を褒めちぎった。すっかりそのつもりになっていたのである。

 だが、松沢氏では勝てないと見るや、石原氏は出馬に転じた。松沢氏以外が勝つようなことにでもなれば3期12年の石原都政は否定される。それだけは避けたかったのだろう。独裁者の心理でもある。

 石原氏がこだわる築地市場の豊洲への移転について筆者は質問した。

 「関東大地震の教訓に基づいて建てられた築地市場は今回の地震でもビクともしなかった。一、豊洲は地震の際、液状化現象が起き有害物質が地表に噴出すことが懸念されているが・・・」

 天井を仰ぐ石原知事。だが、この質問は途中で遮られた。今日の記者会見のテーマにはそぐわないという理由で。やはり新銀行東京と築地移転は否定されたくないのだろう。悪政を重ねてどうしようというのか。

 
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http://image.news.livedoor.com/newsimage/f/a/fa7fa050df178a02bcd04ff101c2b186.jpg
記者会見する勝俣会長。筆者の質問に「マスコミOBを連れての中国旅行は旅費の大部分を東電が持った」と答えた。(30日午後、東京電力本店。写真:筆者撮影)
福島原発事故発生時、「東京電力の勝俣恒久会長が大手マスコミ幹部を引き連れて中国旅行に行っていた」と一部週刊誌が報道している問題で、勝俣会長は30日、「マスコミOBの旅費は東電が大部分を持った」と明かした。

 東京電力本店で開かれた記者会見で勝俣会長が筆者の質問に答えたもの。マスコミと東電との癒着ぶりを最高幹部が認めたことになる。

 「現場はひっ迫しております」を口実に政府を操り、暴走したのは関東軍だった。半世紀余りが経った今、「電力需給のひっ迫」を理由に計画停電で市民を不安に陥れ、原発の必要性を人々の頭に刷り込もうとしているのが東京電力のようだ。

 電力需要量のデータは東電が一手に握っていることが分かった。計画停電担当者が筆者に明かした。担当者は「政府が持っている電力需要量の数字は弊社が渡したもの」と話す。

 筆者は18日夕、枝野官房長官の記者会見で、この事実をぶつけた。

 枝野長官は「その都度都度(東電から)報告を受けている」と答えた。

 筆者は「政府はオリジナルの数字を持っていないということですね?」と畳み掛ける。

 枝野氏は「当然、電力消費量というのは電力会社が(電気を)供給しているのだから、その消費量を把握していて当然です」。

 14日から始まった計画停電により17日までに関東1都6県、山梨県、静岡県の一部で3,820万戸の電気が数時間に渡って停まった。もちろんJR、東京メトロ、関東一円の私鉄も例外ではない。

 工場も満足に操業できないため食品をはじめ生活必需品が不足する。電気の有無は市民の死活に関わるのである。ゆえに政治は電力業界に対して及び腰になる。通産省(現・経産省)からの天下りが拍車をかける。

 政府は国民の生活を預かる以上、電力需要は自前のデータを持つべきである。電力会社は需要を都合のいいように操作し、原発建設の口実としてきた。

 「(政府独自の需要データを持っていなければ)東電の言うなりではないですか?」。筆者の問いかけを官房長官はどう受け止めたのだろうか。

 昔関東軍、いま東電。政府を壟断する勢力が起こした日中戦争は大東亜戦争、太平洋戦争と拡大し日本を破滅へと導いた。


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原発事故報道と戦前の新聞

 
高田昌幸
 
東日本大震災の後は、半ば呆然とした日々が続いていた。札幌は、地震も津波も原発事故も、ほとんど影響がなかったし、今もない。自分の日常の仕事も、震災前と同様に続いている。

新聞労連の集会に呼ばれて青森県の八戸市へ出向いたのは、2月初旬のことだった。東北各地から地方紙の記者や販売・営業担当の人たちが集まり、夜は店を3軒もハシゴしながら「地方紙はこれからどうしたらいいか」といった話を続けていた。あのとき、夜遅くまで話した人たちも、かつてない事態の最中にある。その場で一緒した「今だけ委員長」さん、河北新報の寺島英弥さんの「余震の中で新聞をつくる」、あるいはその他の奔流のような報道に接していると、現場のすさまじさと足下の日常との、あまりにも違うその落差を前にして、私はなかなか語るべき言葉を持ち得なかった。

それでも、書いておきたいことは山のようにある。何からどう書いておくべきか、頭の中の整理が仕切れていないが。

震災の少し前、「新聞 資本と経営の昭和史」(今西光男著)という本を読んでいた。筆者は朝日新聞で長く記者として働いた方である。第二次大戦前、朝日新聞はいったいどうやって「大本営発表」の渦の中に落ちて行ったかを詳述した1冊だ。社内の資料も豊富に使い、実に読みごたえがある。もちろん、「朝日」を題材にして、当時の新聞界全体のことを語っているのである。

よく知られているように、戦前の言論統制は、当局による強圧的な統制が最初から幅を利かしていたわけではない。最初は各社の「自主的な判断」があった。自ら進んで「国策」に協力したのである。

同書によると、1931年の満州事変直前、朝日新聞は社説で「国策発動の大同的協力」へ向けて「機運の促進」を「痛切に希望」すると書いた。同じころ、朝日新聞は社内の会議で、「国家ノ重大事ニ処シ国論ノ統一ヲ図ルハ当然」との結論が下されたという。

同書に登場する清沢烈の、1936年当時の批判も強烈である。以下の文章は当時の月刊誌「日本評論」に掲載されたものだ(引用文は現代風に書き換えた。一部省略もある)。

「新聞社が役人の頭で動いている証拠には、その頭が常に役人本位である。役人を代えると『人事刷新』と囃したてて喝采する。役人の出世・行詰まりを国民の福利と関係があるかのように解釈する結果だ。外務省に行くものは外務省に、陸軍省に行くものは陸軍省に、その型と思想が出来る。これも自分の頭を置き忘れた結果である」「こうした傾向からみて、役人の行き詰まりから来た非常時心理を紙面に反映するのは当然である。殊に朝日あたりは幹部が事務的になりきって、主義や思想を守りきろうという熱意があろう道理はない。かくしてファッショの風潮にひとたまりもなく頭を下げるのである」

山中亘氏の著書「戦争は新聞を美化せよ!」の中にも、似たような話が山のように出てくる。いずれも戦前の、軍部による強圧的な検閲が始まる少し前のことである。たとえば、山中氏が発掘した資料によると、当時、新聞社内ではこういうことが語られていたという。

「こういう未曾有の大事変下においては国内の相克こそ最も恐るべきものであります。全国民の一致団結の力が強ければ、何物も恐れることはありません・・・この一億一心に民心を団結強化するためには真に国策を支持し、国民の向かうべき道を明示する良き新聞を普及することが、適切有効であることは今更論じるまでもありません」(大阪朝日新聞取締役業務局長)

「決戦下の新聞の行き方は、国家の意思、政策、要請など、平たく言えば国の考えていること、行わんとしていること、欲していること等を紙面に反映させ、打てば響くように国民の戦争生活の指針とすることが第一・・・」(東京朝日の記者)

毎日新聞の当時のOBは以下のようなことを書き残している。「今日では(新聞は)平和産業の一部門だと解する愚か者はなく・・・インキはガソリン、ペンは銃剣である。新聞人の戦野は紙面である。全紙面を戦場に・・・ジャズ゙に浮かれていた数年前の新聞は今日見たくも無い」

朝日新聞の筆政(今で言う「主筆」)から第2次大戦下の政府の情報局総裁になった緒方竹虎は、総裁になって新聞を統制する側に回った際、若い記者があまりにも「発表」しか書かない、「発表」ばかり書くことが気になり、もっと自由に書いていいのだぞ、と伝えた。すると、若い大勢の記者からは「(緒方総裁が)いろいろなことを話してくれるのはありがたいが、(自由にやれと言われると)どの程度記事にしてよいか分からなくなる」との苦情が出たのだという。

私の解釈でいえば、「新聞は社会の公器である」という言葉は、戦後民主主義の高揚とともに生まれたものではない。「新聞は読者とともにある」という理念を表した言葉でもない。それは「国策遂行のために新聞はある」という、戦前の新聞のありようを体現したものにほかならない。
「社会の公器」は「国策遂行」とイコールの関係だった。時代は変わっても、メディアと当局の親和性は極めて高い。「国難」「未曾有の出来事」になればなるほど、その親和性は高まってくる。

東日本大震災後の福島原発に関する報道を見ていると、ここに縷々書き連ねた、戦前のいやな感じが二重写しになってしまう。言うまでもないことだが、地震や津波による「震災報道」と、原発をめぐる「原発事故報道」は、まったく別物である。これを同一の視点からとらえていると、ことの本質を見誤ってしまうだろうと思う。

福島原発の事故が発生した当初、自衛隊による空からの放水(散水)が中継された。白煙が上がっているだけの原発の様子も、ずっと中継されていた。しかし、である。ニュースをすべて見ているわけではないので断定はできないが、原発の状況が悪化するにつれ、その関連報道は総体的に減少してきたように思う。官房長官のテレビ中継が途中でカットされてしまう場面にも何度か遭遇した。「大事な場面だったのに」と思ったことも一度や二度ではない。

報道すべき事柄がないわけではあるまい。それは日々、比例級数的に増加しているはずだ。原発事故そのものだけではない。放射性物質の安全性に関するいくつかの基準が事故後に緩和されたり、プルトニウムは微量であれば摂取しても安全であると当局が明言したり。情報の受け手が疑問や疑念を持つ出来事は、次から次へと起きている。

報道現場も大いに混乱してるとは思う。しかし、理由はそれだけではあるまい。ひとつは、もう「慣れた」のである。悪い意味で。これは推測にすぎないが、「発表がないと書かない・書けない」ような雰囲気が、ほぼ完全に醸成されてしまったのではないかと思う。先述した戦前の日本や9・11直後の米国などがそうだったように、「国難」や「国民一丸」が語られるときほど、ニュースは当局寄りになる。この傾向が進むと、残るのは「大本営発表」と「前線で戦う人々の美談」のみである。

私は常々、最近の報道界の凋落は「取材力の低下」が大きな原因であると言ってきた。それは「当局との親和性の深化」の裏返しでもある。現場では、記者がそれぞれに工夫し、なんとか壁を突破しようとしているのだとは思う。私の知人・友人にも、そういう記者は数多くいる。しかし、報道全体としては限りなく、「大本営前夜に近付いているのではないか」という感覚がある。あえて「前夜」と付したのは、強制的な検閲が発動される以前の、という意味においてである。ある全国紙の知人(デスク)も先日、「福島原発絡みでは、やばい話がいろいろある。でもデカすぎて書けない」という趣旨の話をしていた。「政府・当局」のお墨付きがない限り、こわくて書けないという。

東京電力も官僚機構も、そして新聞社も、すでに出来上がった、言葉を換えれば賞味期限が過ぎた組織である。ビジネスの様式が完成し、日々仕事は進んでいく仕組みが出来上がっているから、トップや中堅幹部がどのような人物であっても、とりあえずの仕事は進む。そのような組織には、日ごろ、葛藤がない。「新聞 資本と経営の昭和史」を読んでもそうだったけれども、戦前の新聞社も実に粛々と、国策遂行会社になってしまう。当時の当事者にとっても、すべては「日常の延長」だったようだ。軍部や政権の奥深くに食い込んだ記者も、やがては大ニュースも大ニュースと思わなくなっていく。

福島の問題に立ち返れば、それでも、報道の現場でやるべきこと、やれることはたくさんあると思う。「多様性の確保=異なる視点」と「発表されない事実の掘り起こし」。突き詰めて言えば、「大本営」を防ぐには、この2つの柱しかない。では具体的にどうするか、という点については、また後日に記したいと思う。
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