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 アオサノリ養殖で知られる福島県相馬市の松川浦。穏やかな海に腰まで入った遠藤友幸さん(60)が、種ノリの茂る網をぐいっと引く。東日本大震災から復活途上の地につきまとう、東京電力福島第一原発の汚染処理水問題。海洋放出されれば、風評被害は避けられないだろう。ただ、頭ごなしに反対することは抑えている。「国は福島で生業が成り立つよう保証してくれるのか」。次世代が進める道を示してほしいと迫る。

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アオサノリの網を柆に張る漁師の遠藤友幸さん。春まで収穫作業が続く=2020年10月22日、福島県相馬市の松川浦で

◆全盛期からほど遠く

 「今日はなぎだ。絶好の仕事日和だね」。福島第一原発から北約40キロの相馬市岩子の入り江。昨年10月22日、胸まで覆う胴長を着た遠藤さんが、小さな舟で網が置かれた場所まで向かった。
 松川浦の入り江には大正時代までは塩田があり、塩を採っていた。一時期は黒ノリを作っていたが内水では黒くならず、昭和40年代からアオサノリを作るようになったという。

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 遠藤さんは23歳で父から仕事を継いだ。震災後はノリの養殖も中断し、試験操業はまだ4年目。網数は事故前の1~2割と、全盛期からはほど遠い。

◆今も魚介類の輸出に壁

 そんな中、処理水の海洋放出が現実味を帯びてきた。汚染水を浄化処理した後の水は除去できない放射性物質トリチウムなどを含み、福島第一のタンクで保管が続く。東電は2022年夏ごろにタンクが満杯になるとし、放出は避けられないという姿勢を崩さない。
 「処理水が無害化するまで保管できるならいいですよ。でも根本的には何も変わっていない」。反対と言い続けて変わるなら言い続けるが、それでは前に進めないと遠藤さんは考える。
 「風評被害が起きたら対策する」。政府が繰り返す言葉に不信感を覚える。「風評被害対策ができるのなら、これまでにやれているはずだ」。原発事故から10年、福島の魚介類は今も韓国や中国などに輸出できない。
 遠藤さんが守ってきた生業を、東京で仕事をしていた長男が継ぐことになった。「うれしいね。この状況で戻ってやりなさいとは言えなかった」と顔がほころぶ。ただ次世代で生業がなりたつかどうか。事故後、生産できなかった間に市場は他県産で埋まった。福島ブランドを作るなど、販売に工夫が必要だと感じる。
 「俺たちはここで生きていくと決めた」。国は責任を持って実際に何をしてくれるのか。それに問題は福島だけではないと指摘する。「後継者のことを考え、一歩でも二歩でも前に進めるよう、国がどうしてくれるのかを話さなくてはならない時期が来ている」(片山夏子)

◆保管処理水137万トン

 福島第一原発の汚染処理水を巡り、政府は昨年中に決める予定だった海洋放出の方針を先送りした。反対する漁業者との溝は埋まらず、「適切な時期に責任を持って決める」と具体的な時期を示していない。

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 東電によると、処理水を保管するタンクの容量は約137万トン。2022年夏ごろに満杯になる見通しだが、東電はタンク増設の可能性を探る。処分に必要な施設の整備に2年程度かかり、方針決定が遅れている状況では、タンクを増やさざるを得ないからだ。
 水漏れリスクがあったボルト締め型タンク42基を解体した敷地があるが、ここを活用するか未定。ここに現行の1基1350トン分のタンクを造れば、容量は5万6700トン分増える。1日150トン程度発生する汚染水を基に計算すると、1年以上保管の猶予が延びるが、政府は海洋放出の方針は変えておらず、あくまでも時間稼ぎだ。

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処理水を巡って、東電は15年8月に「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」と約束したが、政府決定を待つだけの姿勢に原子力規制委員会の更田豊志委員長から「社長の顔が見えない」と批判された。主体性の欠ける東電が関係者と合意形成できるのか。道筋は全く見えない。(小川慎一)