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ウィルソン米大統領の声はしわがれ、せきが出始めた。息をするのもままならず体温は39度を超えた。1919年4月3日。パリ講和会議の席上である。当時、世界中で大流行していたスペイン風邪(インフルエンザ)を発症したのだ

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第1次世界大戦後の秩序を巡り米英仏伊の戦勝国4首脳が激論を交わしていた。フランスは敗戦国ドイツに巨額の賠償を求めた。国際連盟創設を掲げたウィルソン大統領は強く反対した。過酷な賠償は将来、再び戦争の芽になりかねないと考えたからだ

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インフルエンザは大統領の体力と心を衰弱させ交渉の舞台から引きずり降ろした。講和条約にはフランスの主張が反映。国際連盟は発足したものの米国は議会の反対で連盟に参加できなかった。やがてドイツでは賠償などへの反発からナチスが台頭、第2次大戦に突き進んでいく

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アルフレッド・W・クロスビー著「史上最悪のインフルエンザ」に学んだ。この時は1918年春、米国の基地で流行。第1次大戦の西部戦線に参戦した米兵がウイルスを運び欧州に広げた。戦争が招いた感染拡大は2千万人超の命を奪い時代を変えた

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そのわりに人々の記憶から薄れるのは早かったという。感染症への警戒心は、一時の恐怖で終わって長続きしにくい。10年前の新型インフル流行も遠い過去のようだ。すきを突くようにウイルスは変異して襲ってくる。犠牲者が出ている今冬、振り返りたいウイルスとの闘いの歴史である。