http://www.kahoku.co.jp/column/kahokusyunju/20151130_01.html

 中国・南宋の詩人、陸游は憂国の人で知られる。北方族の金にあらがう激しさを歌うとともに、酒と友を愛した。<笑うなかれ農家のろう酒濁れるを 豊年客をとどむるに鶏豚(けいとん)足れり>。笑ってくれるな、どぶろくなどと。豊作で酒のさかなはたっぷりありますぞ▼中国古典文学の第一人者が神戸大名誉教授の一海知義さんだった。陸游の本を世に出し、古代から現代に至る漢詩の世界へ豊かな言葉でいざなった。エッセーに『酒の詩人』と題する一文がある▼「酒を詠じた詩人の双璧は、陶淵明と李白であろう。2人には300年の隔たりがあるが、後人の李白が淵明を呼び寄せ、酌み交わす歌を一つ」とおっと思わせる。<両人対酌すれば山花開く 一杯一杯復(ま)た一杯>。いつもひとり酒の淵明と、にぎやかな李白を見事に対比させている▼一海さん急逝の報が届いた。ついこの前まで、東京の出版社の月刊誌に230回を超す連載を執筆していたばかり。中国古典ファンに静かな悲しみが広がる。86歳の生涯だった▼難しい詩歌をこれほど分かりやすく楽しませてくれる学者も、そういないだろう。日本と中国の文化をつなぐ一海さんのような存在が少なくなってきた。両国が、お互いに深いところで認め合う大切さを筆を通して伝え続けてくれた。