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気になるニュースを転載しています。

2016年12月

http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/economy/agriculture/1-0353592.html

http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/economy/agriculture/images/2016/12/30/M16123067803/c45f551d79f8d936cb87f07e4a3a8daf.jpg

道産牛乳輸出の覚書を交わし握手する北海道農業サポート協会の大沼代表(中央)と光泉牧場の関係者=22日、台北市内(同協会提供)


 道内農家の販路拡大を支援している一般社団法人北海道農業サポート協会(札幌)は、根室管内別海町産牛乳の台湾への輸出を来春から本格化する。国内で販売されているパック牛乳と同じ冷蔵状態で送り、台湾のスーパーで年千トンの取り扱いを目指す。日本から台湾への牛乳輸出量としては最大規模で、道産食品の輸出拡大の弾みになりそうだ。

 同協会は今年4~9月、道産品を扱う台湾のインターネット通信販売サイトを通じて別海産牛乳を試験的に輸出販売したところ、1リットル入りのパック牛乳計2500本(約2・5トン)が完売した。主な客層は道内旅行の経験者で、同協会は「北海道への評価は高く、道産牛乳の潜在的ニーズが高まっている」と分析。販売価格が多少高くても新鮮な要冷蔵タイプなら、台湾で市場を獲得できると判断した。

 輸出は来年3月から、同協会の関連会社、KSK北海道(札幌)を通じて行う。別海町の酪農家でつくる「ちえのわ事業協同組合」が出荷した生乳をタンクローリーで東海地方の乳業工場に輸送。賞味期限が21日間と比較的長い「ESL製法」で1リットル入りのパックに詰め、名古屋港から貨物船を使い冷蔵状態で輸出する。


http://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-420409.html

 明暗に彩られた沖縄の1年だった。
 第6回世界のウチナーンチュ大会、リオ五輪・パラリンピックの県勢の活躍は県民の心に希望と勇気の明かりを灯した。その一方で米軍属の女性暴行殺人事件や相次ぐ米軍機の墜落事故、北部訓練場内のヘリパッド建設、辺野古新基地の工事再開と米軍基地の重圧がさらに重く県民にのしかかった。
 政府は全国の機動隊や自衛隊ヘリを投入してヘリパッド建設を強行した。司法を巻き込み、最高裁判決のお墨付きを得て辺野古新基地の工事を再開した。三権分立どころか国家権力が一体となって沖縄に襲い掛かる観すらある。

国家権力に立ち向かう

 基地に反対する沖縄の民意を国家権力が組み伏す。その屈辱に県民が立ち向かった1年だった。
 安倍晋三首相は年末の28日、米ハワイ真珠湾でオバマ米大統領と「日米同盟強化」のセレモニーを演じた。沖縄のこの一年の米軍基地強化の動きは「日米同盟強化」の布石と見ることができよう。
 「日米同盟強化」のくびきとして在沖米軍基地強化が進められていることを見据えねばならない。
 年末にはヘリパッドの完成に伴う北部訓練場過半返還のセレモニーが行われ、政府が米国に確約する辺野古新基地の工事も再開された。女性暴行殺人事件をきっかけとした米軍属の適用範囲明確化の日米合意も発表された。
 その全てが「沖縄の負担軽減」を名目になされ、日米両政府が宣伝に利用した。いずれも県民の頭越しに決定され、県民不在の欺瞞(ぎまん)に満ちた新たな「沖縄統治政策」が推し進められている。
 米軍属女性暴行殺人事件に県民は深い悲しみと怒りに包まれた。ヘリパッド建設現場で大阪府警機動隊員が発した「土人」発言は、県民の心を深く傷つけた。米軍ハリアー機、オスプレイの墜落事故は改めて米軍機の危険性を突きつけた。立て続けに起きる米軍事件、事故と同時並行で「基地との共存」を強いる国策が強行されたのである。
 政府は基地建設に関わる対応の違法、不当性を閣議決定でことごとく否定した。土人発言は差別に当たらず、抗議の市民排除、記者拘束も問題なしと正当化した。沖縄防衛局職員が現認したオスプレイの民間地でのつり下げ訓練をも否定した。
 政府は墜落事故を起こしたオスプレイの飛行再開を容認した。基地建設と沖縄予算のリンクを公言し、来年度の沖縄関係予算を当初比で200億円も減額した。基地建設推進のために手段を選ばぬ政府のモラルハザード(倫理欠如)はとどまるところを知らない。

ウチナーの肝心支えに

 米軍基地の重圧の一方で、海外から過去最多の7千人余が沖縄を訪れたウチナーンチュ大会は県民に新たな希望を与えた。今大会は県内外の若い世代が交流を深めたことが大きな成果だった。若い世代の国境を超えたネットワークは、21世紀の沖縄が世界に雄飛する資源となることだろう。
 スポーツの祭典・リオ五輪に県勢は重量挙げの糸数陽一、バレーボール女子の座安琴希、自転車ロードレースの新城幸也、内間康平の計4選手が出場し、糸数選手は4位入賞を果たした。パラリンピックでは車いすラグビーの仲里進選手が日本の銅メダルに貢献。車いす陸上の上与那原寛和選手も2種目で入賞した。県勢の活躍に県民が心躍らせ、励まされた。
 空手の世界選手権で個人形の喜友名諒選手が2連覇を達成し、金城新、上村拓也の両選手が加わる団体形も金メダルに輝いた。
 心臓病を患う翁長希羽(のあ)ちゃん(2)、森川陽茉莉(ひまり)ちゃん(1)の多額の渡米手術費を多くの県民の善意が支えた。他者を思いやるウチナーンチュの肝心(チムグクル)は、世界に誇る宝である。
 基地沖縄の重圧は増しても「基地のない平和な沖縄」の未来像は揺るがない。ウチナーンチュの肝心を支えに歩み続けるしかない。

http://ryukyushimpo.jp/news/entry-420426.html

http://ryukyushimpo.jp/archives/002/201612/3f8d5981f536ac29685d01bdd0c06317.jpg
回収したオスプレイの残骸をトラックに積み込む米兵ら=30日午後2時すぎ、名護市安部


 【名護】米軍垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが13日、名護市安部の海岸に墜落した事故で、米海兵隊は30日、同海岸の浅瀬付近に散乱しているオスプレイの残骸や部品の回収作業を行った。

 米海兵隊は機体の回収作業を終了したと22日に発表したが、住民が調べたところ、墜落現場付近の浅瀬や岩礁に無数の残骸や部品が回収されずに残っていた。そのため、安部区は28日、沖縄防衛局担当者に「完全な回収」を求める抗議文を手渡した。米軍は防衛局を通じて数日内に回収作業を行う意向を示していた。

 作業は30日午前10時ごろから夕方近くまで行われた。米海兵隊員25人以上が3艇のゴムボートに分乗し、周辺の海域に潜水しファイバー繊維、鉄、プラスチック、電気ワイヤなどの残骸や部品を集めた。

 集めたものは複数のカヌーに積み込み浜に運んだ。トラック1台分の残骸や部品が回収された。沖では海上保安庁のボートが作業を見守っていた。

 同日の朝、作業の連絡を受けたという當山真寿美区長は「できるだけ早くやるように求めていた。しっかり回収してほしい」と話した。区民の男性は「まだたくさん残骸が残っていたので、米軍が回収を行うのは当然だ。元の状態に戻してほしい」と求めた。

http://ryukyushimpo.jp/mainichi/entry-420446.html

http://ryukyushimpo.jp/archives/mainichi/20161231k0000m040132000c.jpg
男子マラソンのフィニッシュ目前で、英国のヒートリー(奥)に追いあげられる円谷幸吉=国立競技場で1964年


 1964年東京五輪マラソンで銅メダルに輝き、68年1月に27歳で自ら命を絶った円谷幸吉(つぶらや・こうきち)を巡り、彼が思いを寄せた女性(74)が毎日新聞の取材に応じた。「何より五輪優先で、個人の自由もなく、国の期待を背負い続けていた」と悲劇の内幕を語った。女性によると取材に証言したのは初めて。2度目の東京開催を3年半後に控え、国の名誉や国民の期待など円谷を苦しめた重圧を、関係者の証言から考える。

 これまで円谷を巡り、多数の記事やノンフィクション作品が発表されてきた。それらによると、円谷側はこの女性との縁談に前向きだったが、円谷の所属する自衛隊体育学校の校長が68年のメキシコ五輪の障害になると反対し、破談になったとされる。円谷は故障で走れず精神的に苦しんだことに加え、破談で追い詰められたと、作家の沢木耕太郎氏の「長距離ランナーの遺書」(76年文芸春秋刊「敗れざる者たち」所収)などで指摘されている。

 女性によると、高校を出て福島県郡山市の陸上自衛隊駐屯地の厚生課に勤め、隊員だった円谷と知り合い、手紙をもらうようになった。「いつも笑顔であいさつしてくれた」と振り返る。約2年後に東京五輪を目指して東京の自衛隊体育学校に移ったあとも文通は続き、円谷が結婚を考えていることが分かった。

 東京五輪の1年半後、女性は母を伴って、円谷の父や兄らと結婚について話し合った。円谷本人は勤務の都合で欠席。その場に立ち会った校長が「世界の円谷だ。結婚すると記録が伸びない」などと反対した。
 この時、円谷家は結婚式の日程まで決めていたが、女性は「了解していなかった」と証言した。縁談を了解していれば、母に加え父も同席したはずだと説明。円谷家との温度差に言及し、校長の反対によってさらに消極的になったとした。
 女性の記憶では話し合いから約半年後の66年末、もらった指輪や手紙を返送した。円谷側との関係は途絶え、67年10月に地元の男性と結婚した。円谷は腰痛で手術したが思うように走れず、メキシコ五輪を控えた68年1月に亡くなった。

 自宅で取材に応じた女性は「走ることが生きがいだと話し、まっすぐ物事を見る人だった」と回想。「上官(校長)の言葉に従わざるを得ない雰囲気だった。幸吉さんは五輪で英雄になり、存在が世間で大きくなり過ぎた」と語り、地元開催の五輪で国民の期待を一身に集めた円谷の苦悩を思いやった。【村上正】

 ◇「走り出したら振り返るな」父の教えを守った幸吉

 あの日、1964年10月21日。歓声のどよめく国立競技場に、円谷幸吉はエチオピアの英雄アベベに続いて2位で戻ってきた。ラジオの実況が「円谷がんばれ! 円谷がんばれ!」と叫ぶ。英国のヒートリーが迫っていたが、後ろを振り向かず、最後の最後に抜かれて3位でゴールした。

 「みっともないから走り出したら振り返るな、という父の教えを守った」。7人きょうだいの4番目で兄の喜久造さん(84)=福島県須賀川市=が打ち明けた。末っ子の円谷が小学4年の時、運動会の徒競走で前を走る同級生がちらちら振り返りながらゴールした。父はそれを見て、あんなことはするなと諭したという。父は軍隊帰りで教育に厳格だった。「勝っても負けても一生懸命やれ、と父は伝えたかったのでしょう」

 円谷は自衛隊体育学校で東京五輪を目指した。練習相手を務めた千葉県八街(やちまた)市の宮路道雄さん(79)も「彼は競技本番だけでなく、練習でも後ろを振り向かなかった」と話す。興味深いエピソードを教えてくれた。大会後の地元での祝賀会で、銅メダルを持ち帰った息子に、父は上機嫌でこう言った。

 「たまには振り返ってもいいんだぞ」

 前だけを向いて走り続ける姿は、敗戦から立ち上がり、経済成長を追い求めていた日本とも重なる。しかし円谷は4年後、悲劇的な最期を遂げた。喜久造さんによると、父は自慢の息子の死後、自宅の一室にメダルやゼッケンなどの遺品を並べ、ラジオの実況テープを毎日聴いて過ごした。

 円谷が思いを寄せた女性(74)は細身に手作りのおしゃれな洋服をまとい、穏やかに思い出を語った。だが、話が円谷の悲劇に及ぶと表情が曇った。「先が見えなくなったのでは……」。メキシコ大会をテレビで観戦しながら、ふと「幸吉さんならどう走ったかな」と思ったという。

 宮路さんは、最後のトラック勝負について「彼は競技場の大歓声で何も聞こえず、ヒートリーに抜かれる瞬間まで気づかなかった」と証言。円谷は「国民の目の前で抜かれてしまった」と家族にもらした。よほど悔しかったのだろう。それが彼を次の五輪へ駆り立てていく。レース後の記者会見で早々と「(次の)メキシコを目指して4年間頑張ります」と雪辱を誓う。

 だが、五輪後に持病の腰痛が再発。思うように走れず苦しんだ。約2年後、長兄に手紙でこうつづった。「疲労困憊(こんぱい)でいささかの余裕すらありません。一線のクラスとしてこれ以上続けるには無理であります。強いてやっても無駄飯をくうだけでなんら役にならぬと考えます」

 宮路さんは「重圧に加え縁談も進まず、気持ちを立て直せなくなった」とみている。
 ◇兄の喜久造さん「過度に期待してはいけない」
 2013年9月、2度目の東京開催が決まると、喜久造さんは弟の墓で手を合わせた。「またオリンピックが東京であるぞ」

 円谷を大歓声で迎えた国立競技場は、次の五輪に向けて取り壊された。解体前に一般公開された14年5月、市民が別れを告げに訪れた。長い行列に、7人きょうだいの5番目で姉の岩谷富美子さん(82)=東京都新宿区=の姿があった。娘2人に「幸吉おじちゃんが走った競技場を見ておこう」と誘われた。

 競技場で富美子さんは弟の写真を取り出した。銅メダルをさげ、右手を上げて声援に応えている。写真を抱いて表彰台の最も高い所に腰を掛けた。「ここに立ちたかったはずです。最後に競技場をもう一度見せてあげたいと思って」。半世紀前のどよめきがよみがえり、弟が隣にいるような気がした。

 次の五輪は地元開催で、いやが上にも盛り上がるだろう。「過度に期待してはいけない」と喜久造さんは言った。
 「幸吉のような選手はもう出してはいけない」。その言葉が記者の胸に深く刺さった。【村上正】
…………………………
 2度目の東京五輪・パラリンピックが巡ってくる。最初の五輪にかかわった人々、それを支えた人々、影響を受けた人々の歩みをたどり、次の祭典への思いを伝える。

(毎日新聞)

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-12-31/2016123110_01_1.html

年の瀬恒例の世相いろはカルタ。今年もイロイロありました。よいお年を。
 「1億総活躍」 いまいずこ
 
 浪費増殖 高速炉
 
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 バトンで夢をつないだ 銀メダル
 
 二刀流 大谷輝き 日本一
 
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 ポケモンGO 迷惑NO
 
 ヘブンと一字違いの 税逃れ天国
 
 「遠くへ行きたい」と永さん逝く
 
 地の果てまで アメリカ軍のお手伝い
 
 理屈通らぬTPP承認
 
 主はアメリカと財界 二つの異常
 
 ルーツはなあに? 「山の日」休日に 
 
 大きなお世話 政府が婚活
 
 わが党は「したことない」と強行ラッシュ
 
 カジノ解禁 依存症対策の本末転倒
 
 世論沸騰 弾劾絶壁
 
 大臣室で現金受け取り 睡眠障害
 
 レイア姫 フォースとともに星にゆく
 
 底は知れない マイナス金利
 
 強いけど綱に届かぬ 稀勢の里
 
 年金運用 勝手にするな 私のカネ
 
 なんでも国民負担の東電救済
 
 拉致の解決「私の代で」といいながら
 
 昔の名前で大ヒット 「君の名は。」
 
 宇宙の姿解明 重力波初検出
 
 維新伝心 補完勢力
 
 ノーベル賞 「風に吹かれて」文学賞
 
 沖縄の怒り置き去り 飛行再開
 
 軍事研究お断り 関西大学で声あがる
 
 野党と市民 「大義の旗」で共闘すすむ
 
 丸くなかった 「真田丸」
 
 欠陥次つぎ マイナンバー
 
 ふつうの暮らしの 大切さ トト姉ちゃん
 
 「こち亀」 世代超え支持され幕おろす
 
 越後では 再稼働急ぐ政府にノーの声
 
 電通の 看板はげた過労自殺
 
 アメリカの 亀裂とともにトランプ出現
 
 差別暴言 擁護し居座る 担当相
 
 清正の城も壊れた 肥後の揺れ
 
 勇気を持って告発 「原発いじめ」
 
 迷走の五輪予算 押し付け合い
 
 未来に希望 核兵器禁止へ交渉開始
 
 真実イチロー メジャー3000本
 
 英語にできない 「駆け付け警護」
 
 広島は 25年ぶり 神ってる
 
 「盛り土」なかった 豊洲の変
 
 世界で一つだけの SMAP解散
 
 水兵リーベ僕の 「ニホニウム」
 
 うんと大きく 共産党
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