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気になるニュースを転載しています。

2014年12月

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/583430.html

 刑事事件で逮捕、送検された容疑者の多くは引き続き身柄を拘束される。勾留と呼ばれる処分で証拠隠滅や逃亡を防ぐため、検察が請求し、裁判官が可否を決める。

 この制度をめぐり、疑問や問題点が繰り返し指摘されている。

 必要性の乏しい場合まで拘束していないか。容疑者を強引に自白させるのに利用されていないか。

 「人質司法」と批判されるような実態は改めたい。

 最高裁が注目すべき決定をした。京都市の地下鉄の車内で痴漢をしたとして逮捕され、否認していた男性の勾留を取り消した。

 地裁の裁判官が勾留請求を却下し、検察の不服申し立てで地裁の別の裁判長が勾留を認めたケースで、今回の決定はこう述べる。

 要は、証拠隠滅の可能性が現実的にどの程度あるかだ。しかし、隠滅の可能性が高いことを示す具体的事情はうかがえない―。

 安易な身柄拘束への警鐘で、各裁判所は重く受け止めるべきだ。容疑内容の軽重とのバランスも十分に考慮しなければならない。

 起訴前の勾留は通常、最長20日間で、刑事訴訟法は要件の一つに「隠滅すると疑うに足りる相当な理由」を挙げる。だが、実際は抽象的な「隠滅のおそれ」でも認められている、との批判が根強い。

 勾留請求却下率はこの10年で上昇したが、それでも昨年で1・6%だ。裁判所は、批判に真摯(しんし)に耳を傾ける必要がある。

 起訴後の勾留の在り方も問われている。この段階では捜査が終わり、証拠は保全されている。なのに保釈がなかなか認められないケースが依然として少なくない。

 ただ、裁判員裁判事件を中心に裁判所の姿勢に変化が見られる。

 審理への支障がなければ、できる限り保釈を認め、弁護人との打ち合わせなど公判の準備を十分できる環境を確保する―。裁判の迅速化という要請に応えるためだ。

 こうした運用は裁判員事件以外にも積極的に広げるべきだが、それだけで解決できるだろうか。

 刑事司法改革で法務省は来年の通常国会に刑訴法改正案などを提出する方針だ。取り調べの録音・録画(可視化)の義務化などが柱で、法制審議会の答申を受けた。

 残念なのは法制審特別部会で勾留と在宅の中間に当たる処分の創設を検討しながら意見がまとまらずに採用が見送られたことだ。

 証拠隠滅などのリスクを確実に減らしつつ、身柄を拘束しない仕組みは不可欠だ。国会は立法府としての責任を果たしてほしい。


http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/583429.html

 政府は景気を下支えする総額3兆5千億円の経済対策を決めた。

 4月の消費税増税による影響を和らげ、特に家計や地方経済に配慮する姿勢を示すのが狙いだ。

 経済対策を盛り込んだ2014年度補正予算案を年明けの通常国会に提出し、早期成立を目指す。

 従来のような公共事業頼みの色合いを薄めてはいる。だが来春の統一地方選をにらんだ予算の「ばらまき」に陥る懸念は拭えない。

 当初は2兆円程度を想定していたものの、与党内から地方活性化を名目に増額要求が高まり、規模が膨らんだ経緯があるからだ。

 政府が強調する経済の好循環を生みだすため、実効性ある対策に向けて審議を尽くす必要がある。

 経済対策の目玉は地方向けに創設する約4200億円の交付金で、「消費喚起・生活支援型」と「地方創生先行型」に大別される。

 消費喚起型では例えばプレミアム付き商品券の発行を後押しすることが想定されているが、果たして個人消費をどれだけ刺激できるのか、大いに疑問だ。

 かつての政権も地域振興券の配布など同様の支援策を講じたが、主に生活必需品に使われ、思惑通りの成果を得られなかった教訓をよもや忘れてはいまい。

 他の施策を見ても、自殺対策推進のように景気回復には直接関係がなかったり、住宅エコポイント制度の復活といった目新しさに欠けたりするメニューも目立つ。

 これでは消費税増税や円安にあえぐ家計や中小企業を元気にするには効果が限定的で、力不足であると言わざるを得ない。

 財政・金融政策のちぐはぐさも見過ごすことはできない。

 今回の経済対策は円安に伴う副作用への対応でもあるはずだ。原材料高騰に対する低利融資制度創設などはその最たる施策である。

 しかし円安はアベノミクスの金融緩和がもたらしたものであり、このところの急激な円安を招いたのは日銀による予想外の追加緩和が直接の要因だった。

 過度の円安を事実上容認する一方で、その対応策を取る矛盾は明らかだ。安倍首相には納得を得られる説明が求められよう。

 経済対策の財源は14年度税収の増加分などで賄い、新たな国債は発行しない考えだ。ちょうど1年前にまとめた約5兆5千億円の経済対策に比べ抑制されたとはいえ、巨額であるのに変わりはない。

 財政健全化を少しでも急ぐため、政府は費用対効果に徹した対策にさらに知恵を絞るべきだ。

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ご都合選挙」で700億円の血税を使い、さらに日本の津々浦々にバカ晋三シンパの増殖を狙っての「バラマキ」。税金の私物化は官僚も真っ青だね。

http://www.shinmai.co.jp/news/20141231/KT141229ETI090005000.php

東京の新橋から田町辺りは江戸の昔、芝浜と呼ばれ、魚問屋が並んだ。魚屋の熊五郎は腕はいいが大酒飲み。ある日女房にせかされ嫌々仕入れに行くと、浜で50両入りの財布を拾う。古典落語「芝浜」である



有頂天になり家に戻ると、祝い酒だと飲んでは酔いつぶれ寝ての繰り返し。仲間に大盤振る舞いした翌朝、女房が追及する。飲み食いの払いはどうする気? 「50両があるじゃねえか」。そんなこと知らないよ、おまえさん、夢を見たんじゃないのかい―



50両を拾ったのは夢、大盤振る舞いはうつつか…。浅ましい夢を見たと恥じた熊公、女房にわびて酒をやめ懸命に働き始める。酒の影響で失った客が戻り、借金も返して蓄えもできた。そして3年目の大晦日(おおみそか)。女房は告白する。おまえさんに立ち直ってもらうため嘘(うそ)をついていた…



夢うつつという。夢とうつつのあいまいな境界にいた熊公はそこを突かれ、うつつを夢と信じ込んだ。ここは50両を受け取りながら、大家の指南もあってお上に届け出て、熊公には隠し通した古女房の知恵と辛抱に敬意を表したい



今年1年、さめないでほしいと思った夢も夢でよかったという夢も見た。実現できた夢はさてあっただろうか。「芝浜」はオチがいい。除夜の鐘を聞いて女房が酒を勧めた。つがれた湯飲みを口に運んだ熊公が動きを止める。「よそう、また夢になるといけねえ」
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現在落語「芝浜」。
ドアホノミクスで国の隅々まで景気回復、強くて美しい日本?
バカ晋三「そんなこと知らないよ、おまえさん、夢を見たんじゃないのかい―」。
何でも秘密、ばらすと取っ捕まえるよ。税金増税、毟り取るよ。病気も貧乏も子育ても自分の甲斐性でおやり。憲法?アタシのいいように変えちゃうよ。そうそう戦争もしなくちゃね。愛国だよ愛国、若いのからお行き。テレテレしてないでしっかりアメリカさんのお役に立つんだよ。アタシャ武器の内職やら、原発動かすのに忙しいんだよ。
さっさと奴隷労働に行っとくれ。

http://www.shinmai.co.jp/news/20141231/KT141230ETI090007000.php

 与党が2015年度税制改正大綱を決めた。景気刺激の効果を最優先したことが特徴である。

アベノミクスの前途には限界論が目立ち始めた。税制改正にも官邸主導による“なりふり構わず”の姿勢が反映している。

柱は法人税減税だ。15年度から2年間先行して実施し、財源は3年かけて確保する先食いになる。

もともと経済界から要望が強かった。実効税率が高いため国際競争に不利で、海外から投資を呼び込むことも難しいとの理由である。「最も企業が活動しやすい国」を掲げる安倍政権が当初から目指した課題でもあった。

けれども大きな問題がある。財政が危機的状況なのに税収の柱を減らしていいのか、という点だ。消費税の再増税先送りで財政再建の前途は厳しさを増している。

企業が利益をためた内部留保は過去最高水準にある。減税の恩恵を受ける黒字企業は、さらに蓄えやすい環境になる。国内投資や賃上げに向かわせる決め手を欠くのは問題だ。

もう一つの改正の目玉は贈与税の非課税枠拡大である。親や祖父母から住宅購入資金をもらうと課税される贈与税の非課税枠を広げ、結婚や子育て資金にも非課税制度を新設する。高齢者層から若い世代にお金を移し消費を活発にする狙いだ。

資産のある人だけに恩恵がある。消費拡大を優先するあまり、税制の重要な役割である格差是正の機能を弱めてはいないか。

アベノミクスの成長戦略は企業の新陳代謝を活発にすることが狙いだ。競争力のない企業には退場してもらい、労働力の移動をスムーズにする。一面では弱肉強食を進める「格差の拡大装置」とも言えるだろう。

ことしはフランスの経済学者ピケティが資本主義と格差の関係を分析した「21世紀の資本」が世界的ベストセラーになった。先進国では、ごく一部の富裕層への所得集中が加速してきたことをデータで示した。ピケティは所得の多い人ほど税率が高くなる累進課税の強化が格差対策に有効とする。

日本も例外ではない。戦後、高い累進税率の所得税、相続税によって「一億総中流」と呼ばれる中間層の厚い社会をつくり高成長を実現した。しかし税制改正で次第に累進カーブは緩やかになり、格差が深刻になってきた。景気対策にとらわれて格差是正を軽視するべきではない。所得格差は結局、経済の低迷につながる。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-236671-storytopic-11.html

<社説>2014年回顧 新たな時代の幕が開いた 犠牲拒む意思を示した年

 2014年も暮れゆく。さまざまな意味で局面が転換した年だ。沖縄は明らかに新たな舞台へ移った。ことしを漢字で表すなら「幕」の字が真っ先に思い浮かぶ。
最大の出来事は何といっても「オール沖縄」を標榜(ひょうぼう)する勢力が翁長雄志新知事を誕生させたことだろう。米軍基地の強要は沖縄への構造的差別であり、それを沖縄が一体ではね返すという意思が「オール沖縄」の言葉に込められている。沖縄はもはや犠牲を甘受しないという宣言にも等しい。その意味で、単に県庁のトップが交代したというにとどまらない歴史的意義がそこにある。新たな時代の「幕開け」と言っていい。

自決権回復の試み

そうした政治的意思がことしほど鮮明に表れた年はない。1月の名護市長選は米軍普天間飛行場の辺野古移設阻止を訴えた稲嶺進氏が大差で再選を果たした。11月の知事選に続き、12月の衆院選は「オール沖縄」を掲げる移設反対派が県内4選挙区全てを制した。
いずれも当選者の中には、かつて保守政治家であったり保守行政の中枢だったりした人物が含まれる。翁長氏の発言がその意味を表している。「イデオロギーよりアイデンティティー」。沖縄内の保革対立という内輪もめをやめ、本土に異議申し立てをするとの意味を持つ。
これらの意思表示は、沖縄にとり死活的な事柄は、他の誰でもなく沖縄自らが決める、という自己決定権回復の宣言といえよう。
これは単なる現状変更の要求ではない。琉球王国時代は中国交易の利益を収奪され、太平洋戦争では本土決戦までの時間稼ぎの捨て石となり、サンフランシスコ講和条約締結時には日本独立の引き換え条件とされた。そんな「質草」扱いの史実を踏まえた意思表示だ。だからこれは、不可逆的な、後戻りできない要求なのである。
だが政府は明らかに軽く見ている。8月には反対の民意を押し切り辺野古の海底を掘削する暴挙に出た。菅義偉官房長官は知事選の結果も意に介さず、「移設を粛々と進める」と言い放つありさまだ。
仲井真弘多前知事の言動が「沖縄の抵抗は金目当て」という本土側の誤解を増幅させたのだろうが、翁長氏もいずれ移設容認に転ずるとの見方が本土には根強くある。だが前述の通り沖縄の民意は不可逆的だ。
そしてそれは国際社会から見ても正当な闘いである。1月に海外識者多数が沖縄を支持する声明を出したことがそれを示す。政府には誤算だろうが、稲嶺進氏が述べた通り、「私たちは孤立していない。世界が見ている」のである。

朗報相次ぐ

一方で明るい出来事も続いた。学力テストで県内の小学校が全国総合24位に躍進したことが印象的だ。好成績が定着するか判断するのは早計だが、県内教育界が新たな局面に移行したのは間違いない。中学への波及も期待したい。
興南高校ハンドボール部の全国3冠達成もまた歴史に残る偉業だ。空手の喜友名諒選手による世界選手権優勝、柔道の七戸龍選手による世界選手権準優勝などの快挙も県民への清涼剤となった。
南城市のサキタリ洞の発掘は日本の考古学史に新たなページを加えた。慶良間諸島の国立公園指定もまた、沖縄観光を新たな水準に引き上げてくれそうだ。
教科書無償措置法改正に伴い竹富町教育委員会が単独採択地区となり、八重山教科書問題は幕を閉じた。沖縄の抵抗が政府の横暴を退けた意味でも意義があった。
経済では沖縄三越の閉館が印象深い。一つの時代が幕を閉じた感を深くする。今後はリウボウ商事が新たな施設として運営するが、国際通りの新時代を切り開く施設となってほしい。
沖縄の自己決定権回復の歩みはこれからが本番だ。政府は県民に無力感を刷り込もうとしているが、間違いなく理はこちらにある。着実に歩みを重ねたい。

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<金口木舌>歴史家の確信、沖縄の礎


 1910年の大みそか、27歳の比嘉春潮は1年を回想し「予が思想の大なる変改ありし年なり」と日記に記した。この年、「未見の師」と仰いだトルストイが逝き、大逆事件が世を騒がした
▼「琉球処分」から約30年。比嘉は、トルストイへの傾倒を経て社会主義に向かう。思想弾圧も周辺に及んだ。終生影響を受けた伊波普猷と出会った年でもあった
▼後に歴史家となる比嘉の目が差別にあえぐ同胞に注がれたのは自然であった。「琉球人か。琉球人なればとて侮蔑(ぶべつ)せらるるの理なし」と日記で嘆じた。その筆致は悲痛だ
▼侮蔑された「琉球人」は日本人として国家に殉ずる道を強いられ、沖縄戦の悲劇に遭う。44年の大みそか、当時の日刊紙「沖縄新報」は正月気分をいさめ「戦う国民」たれと鼓舞した。米軍侵攻の3カ月前である
▼比嘉は69年の著書「沖縄の歳月」の序文で、屋良朝苗が勝利した前年の主席公選に触れ「今日の沖縄人は半世紀前のように悪政に屈服し黙従する奴隷的存在ではない」と書いた。苦難にあらがう沖縄の歩みを見詰める歴史家の確信であろう
▼沖縄の民意を携えた県知事との会談を首相らは拒んだ。国策に異を唱(とな)える民を排除する。戦争と戦後体験を軽視する政権の仕打ちだ。それでも私たち沖縄はこの1年で自己決定権の礎を築いたと信じる。比嘉の言葉をかみしめ、戦後70年の節目を迎えたい。

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